パニック実装
本チャプターでは Zig Builtin Functions である @panic()
の実装をします。
今後 Ymir VMM 部分の実装をするにあたり、パニックが生じることが多々あります。
その時のためにスタックトレースを表示し、適切にエラー内容を表示してくれるようなパニックハンドラを実装することで、今後のデバッグを楽にしていきます。
スキップ可能
本チャプターはまるごとスキップして次のチャプターに進んでも問題ありません。
important
本チャプターの最終コードは whiz-ymir-panic
ブランチにあります。
Table of Contents
デフォルトパニック
Zig の @panic() はプログラムが復帰不可能なエラーに遭遇した場合に呼び出され、プログラムを終了させます。
@panic()
は単に登録されたパニックハンドラを呼び出すのですが、このハンドラの実装は プラットフォーム依存 です。
通常の OS の場合は指定したメッセージを表示した上でスタックトレースも表示してくれます。
しかしながら、.freestanding
な環境でのデフォルトのパニックハンドラは単に @trap()
を呼ぶだけです。
指定したメッセージを表示することすらしてくれません。
これでは不便なので、Ymir では自前のパニックハンドラを実装することにします。 このハンドラはまず指定されたメッセージをシリアル出力します。 また、スタックトレースも表示します。 最後に Ymir を終了させるのではなく無限ループさせることにします。 これにより GDB でアタッチしてデバッグする機会を与え、より詳細なデバッグを可能にします。
メッセージの表示
Zig のパニックハンドラは3つの引数を取ります。
1つ目は出力するメッセージです。
ログ系の関数とは異なり、フォーマット文字列を出力をすることはできないため、メッセージ用の引数はこの1つだけです。
2つ目と3つ目はスタックトレース関連の情報なのですが、.freestanding
ではこれらの引数は常に null
でした。
まぁスタックトレースはレジスタの状態から自前で取得することができるため問題ありません。
以下でパニックハンドラを定義します:
var panicked = false;
fn panic(msg: []const u8, _: ?*builtin.StackTrace, _: ?usize) noreturn {
@setCold(true);
arch.disableIntr();
log.err("{s}", .{msg});
if (panicked) {
log.err("Double panic detected. Halting.", .{});
ymir.endlessHalt();
}
panicked = true;
... // スタックトレースの表示
ymir.endlessHalt();
}
@setCold()
はこの関数(ブランチ)がめったに呼ばれないことを示します。
なぜかは分かりませんが、Zig のドキュメントにはこのビルトイン関数についての記述がありません。
おそらく @branchHint() と似たようなものだと思われます。
きっとコンパイラに最適化のヒントを与えてくれるものだと思っています、多分。
パニックハンドラの中では割り込みを無効化します。
パニックハンドラの中で割り込みが発生すると、さらなるパニックが発生してしまう可能性があるためです。
メッセージの出力には他のファイルと同様に std.log
を使用します。
ログ関数は既にシリアルを利用するように実装されているため、パニック実装で自前のシリアル出力を用意する必要はありません。
なお、割り込みを禁止した場合でも、パニックハンドラの中でさらなるパニックが発生する可能性は否定できません。
そのためグローバル変数に panicked
という変数を用意しておき、一度パニックハンドラが呼び出されたらこのフラグを立てるようにしておきます。
このフラグが立っている時にハンドラが呼ばれたら何もせずに終了するようにしています。
パニックハンドラの最後には無限 HLT ループに入るようにします。 割り込みを禁止しているため、この HLT から抜け出すことはありません:
pub fn endlessHalt() noreturn {
arch.disableIntr();
while (true) arch.halt();
}
スタックトレース
続いて、スタックトレースの表示をします。
スタックトレースは RSP / RBP の値を順に辿っていくことで取得することができます。
Zig にはスタックトレースを取得するためのユーティリティ構造体である StackIterator
があるため今回はこれを使います:
fn panic(msg: []const u8, _: ?*builtin.StackTrace, _: ?usize) noreturn {
...
var it = std.debug.StackIterator.init(@returnAddress(), null);
var ix: usize = 0;
log.err("=== Stack Trace ==============", .{});
while (it.next()) |frame| : (ix += 1) {
log.err("#{d:0>2}: 0x{X:0>16}", .{ ix, frame });
}
...
}
本来であればスタックトレースにはファイル名・関数名・行番号なども表示できると嬉しいところですが、Ymir では実装しません。
Zig には std.dwarf
というライブラリで DWARF デバッグ情報を取り扱うことができるらしいため、実装したい人は活用すると良いかもしれません。
その場合には、Ymir の ELF ファイル自体をメモリ上にロードし Ymir に渡す必要があることに注意してください。
デフォルトハンドラの上書き
Zig のデフォルトのパニックハンドラを上書きするには、Root Source File において panic()
関数を定義します:
pub const panic = ymir.panic.panic_fn;
それでは実際にパニックさせてみましょう。
なお、最適化レベルは Debug
にしておくのがおすすめです。
ReleaseFast
レベルだと最適化が結構強く働くため、関数がインライン化されてスタックトレースが出力できない場合があります:
panic("fugafuga");
出力は以下のようになります:
[ERROR] panic | fugafuga
[ERROR] panic | === Stack Trace ==============
[ERROR] panic | #00: 0xFFFFFFFF80100D3E
[ERROR] panic | #01: 0xFFFFFFFF80103590
ちゃんとスタックトレースが出力されていることが分かります。
デバッグ情報がないためソースファイルにおける行番号などは表示されませんが、
それらは addr2line
コマンドで実現することができます:
> addr2line -e ./zig-out/bin/ymir.elf 0xFFFFFFFF80100D3E
/home/lysithea/ymir/ymir/main.zig:95
まとめ
本チャプターでは Zig の Builtin Functions である @panic()
の実装をしました。
パニックハンドラは指定されたメッセージを表示した後、スタックトレースを表示して HLT ループに入ります。
これにより、自分で明示的に @panic()
を書いた場合に加えて、Zig の Debug
モードにおけるアラインの不一致やオーバーフロー等でも今回のパニックハンドラが呼ばれるようになります。
デバッグが楽になることでしょう。